映画部活動報告

月1くらいで開催される映画部の活動報告場所

第16回 映画部記録(2022/4/21実施)

『ハッチング―孵化―』(2022年・フィンランド/スウェーデン

公式サイトhttps://gaga.ne.jp/hatching/

監督:ハンナ・ベルイホルム
脚本:Ilja Rautsi
キャスト:シーリ・ソラリンナ
     ソフィア・ヘイッキラ
     ヤニ・ヴォラネン
     レイノ・ノルディン
     Oiva Ollila

予告

参加者
T.H、K.Y、F.M、加藤

T.H

ホラー度:★★★★★
化け物よりも人間の方が怖い度:★★★★★
男子の無能度:★★★★★★★★★★★

ネタバレにならないストーリーだけを説明すると

  • 幸せそうな四人家族の物語
  • 娘が拾ったなんかのタマゴがでかくなって育つ
  • なんか生まれて、なんかやらかす

まあ、そんな感じです。

この映画部で見ている映画のほとんどは、予算の少なそうなB級ですが、その中でも本作はまともな映画としての体裁が保てているように感じました。

「生まれたなんか」も、まあ変ではあるけど、そんなにCGとしても悪くないと思うし、怖さの表現とかカメラワークもちゃんとした映画って感じがします。

ただ、「グレムリン」とか「ET」みたいなクリーチャーものかというとそうではない。ホラー要素の基本は、人が心に抱えている欲望を具現化するとどうなるか、ということなのかな。

家族にも見せない心の奥底を代弁するタマゴ

映画ならではの設定ですが、主人公の女の子が育てるタマゴと生まれた何かは、家族になかなか見つかりません。普通ならすぐ見つかるだろうけど、巧みにバレない。

それは、単に「生まれた何か」が俊敏で隠れるのがうまいとかいうわけではないんです。映画の設定として徹底的に隠されているということだと思う。なぜか。

その「生まれた何か」は、女の子が心の奥に秘めた、家族にも言えない思いを象徴している気がするんです。

人は、本音は言わないけど心ではいろいろ思っていることがあります。でも、見え隠れはしても決定的なことは言ったりしません。うまく心の中でバランスを取りながら、家族とも友人とも社会とも関係を築いていく。

でも、この作品はホラー映画。その狂気の部分が表出するのは、身勝手な母親と、それを止められない無能な父親と、ただわめくだけの幼稚な弟の姿が極まって、「ダメな家族だな」と観客も納得してしまった最後のシーンあたりでした。

女の子は、「タマゴから生まれた何か」に対して、そんなことしちゃダメ、悪いこと、と思ってはいますが、その悪いことをする「タマゴから生まれた何か」に決定的な罰を与えるわけでもありません。それは、自分のつらい思いを代弁してくれる存在だから。

そう思う理由は、最後のシーンでわかります……。

何が怖いってやっぱり人間やな

登場人物としてはこの4人家族とそこに少しだけ関わる人たちだけなんですが、結局はこの4人家族、中でも母と娘の関係に戻ってきます。

同性だからこそ生じる母と子、女と女の関係性の怖さ。それが口答えできない年齢の娘というところがまた、狂気の度合いを増しています。

ただし、この母親は決して娘には手を上げません。むしろ最後は守る側に回っている。母としての最低限の責務だけは放棄していなかったところは、まあ認めてやってもいいでしょう。

そのおかげで苦しんだ部分もあるでしょうけど……

いわばポケモンみたいなもの?

単純に化物が出てきて人を食い散らかすだけならなんの問題もないのですが、こういう人間の内面を見せつける系の映画は結構きついです。

ただ、「ミザリー」とか「シャイニング」みたいに、個人の内面がさらされるのとは違って、人の負の感情をクリーチャー化して、そいつに戦わせたり暴れさせる。言ってみれば、ポケモンみたいなものですよね。

そのおかげで、主人公の女の子自身はか弱い存在として描かれていて、それほどショックは受けません。最後の最後までは、ね。

ともあれ、感情を象徴する存在を切り分けることで、主人公のか弱さと怒りと狂気の部分を両方見せることには成功している気がします。

だから、最後まで女の子の美しさはそのままだった。それだけが唯一の救いと言われれば救いかな。

まあ、後味のいい映画ではないし、あまり深く振り返らなければ「なんだこの映画」と思われても仕方ないかもしれません。

もっかいみたいかと言われればあまり見たくない。いい意味でホラーの怖さをしっかり自分に伝えてくれた映画だったのかなと思います。

K.Y

ホラー度:★★★☆☆
いい感じによく分からない度:★★★★☆
おすすめ度:★★★★★

孵化した化物と自己愛強めの母親が主人公を追い詰める

主人公が拾った卵から孵化した鳥の化物が暴れ回るホラーと思ったのですが、鳥の化物は主人公を母親と思って懐いており、最初は可愛かったです。

母と思う主人公のために、吠える犬を殺し、邪魔な同級生を襲い、どんどん主人公の手に追えなくなっていきます。

母親も、最初はちょっとだけヤバい人なのかな?と思っていましたが、自己愛が強く、主人公に完璧な娘でいることを望み、不倫もしている。
ホラー映画によくある、何考えているかよく分からないサイコパスとは言い切れない、どこか、身近に居そうな、既視感のある怖さを感じました。

そんな2人に精神的に追い詰められていく主人公。
この主人公がどうなるのか、徐々に姿を変えていく鳥の化物がどうなっていくのか、ワクワクしながら見れました。

映像はB級かもと思っていたのですが、綺麗で、無駄に恐怖を煽ることもありませんでした。
ホラー映画としては、驚かせる演出が少なく、見やすかったです。
その分、母親から溢れ出す身近な恐怖が際立った気がします。

いい感じに謎が残り、最後も「このあと、どうなるんだろう」と思える内容になっており、個人的にはこのようなちょっとよく分からない余韻がある映画は大好きです。

加藤

ホラー演出:★★★★★
北欧映画らしさ:★★★★☆
もう一度みたい度:★★★★☆

久しぶりに「ホラー観たなぁ~」と思えるくらいに、どっぷりホラー演出満載。最近観たなかで、ホラーとして楽しめたのはエドガー・ライトの「ラストナイト・イン・ソーホー」くらいだが、それとはまた違った趣でよい。

「ラストナイト~」はかなりの没入型ホラーだったが、個人的には本作はかなり考察がはかどる作品だと思った。一つひとつのカットはもちろん、色ですら意味を持つ(はず)。

思春期にさしかかった少女が気づいているような、気づかないような……絶妙なラインで現実から目を背けて苦しむ。メタファー盛りだくさんで、ちょうどこういう映画を欲していた私はかなり満足だった。

北欧らしさがふんだんに盛り込まれたボディホラー。個人的には、かなり良作だと思う。

SNSに生息する「完璧な家族」

誰かがブログなどで完璧な生活を発信しているのを見ると、色彩なども完璧にマッチしすぎていて、私は逆に笑ってしまうんです。

子どものために尽くす母、穏やかな父、無邪気な弟。そんな家族の一員である、美しい少女ティンヤ。彼女が本作の主人公だ。

ティンヤの母親は、完璧な家族の姿をSNSで発信し続けている。どこに行くにも、なにをするにも、インテリアですらきっとSNSのために整えられたもので、彼女は、SNSに生息する“キラキラママ”のイメージそのままだ。

そんな母親の興味の対象は自分だけ。子どもたちを愛していると自負しているようだが、彼女の中心にあるのは“自分”だけ。それ以外の存在は、自分の幸せ成立させるための道具にすぎないのである。

だから、自分の理想を崩す存在は許せない。それが、血をわけた娘であっても。主人公であるティンヤは、彼女のエゴに振り回されている被害者なのだ。

愛されるための努力

主人公であるティンヤは、ティーンエイジャーであり、ちょうど思春期に差し掛かるくらいの年齢だ。彼女は予告で膨らませていたイメージ以上に美しく、健気で、はかなかった。あの年ごろだからこそのシルエットも美しく、新体操に取り組んでいる姿には惚れ惚れする。

ティンヤは劇中、どれだけ傷ついても母親に愛されるために努力する。母親のために行動し、すべての気持ちを抑えて、無理やりに笑顔を作る。

そんなティンヤの心の拠り所になるのが、ある日森で見つけた奇妙な卵である。家族に隠しながら、その卵を自分のベッドで育て、孵化させる。ティンヤは、この卵にすべての愛情を注いでいく。そして、愛情を受けた卵は、ティンヤのすべての気持ちを受け入れて、成長し、孵化する。

ティンヤの気持ちの全てを汲んでくれる、卵から生まれた“それ”を、ティンヤはとにかく受けれいて愛していく。異常さなどは大きな問題じゃなく、成長していく“それ”を慈しみ、餌を与えて、見守っていく。それは、きっと自分が母親にしてもらいたいことだ。

日常にひそむホラー

ホラー映画といえば、薄暗く陰気なイメージを持つ人が多いだろう。往年の名作ホラーはまさしくそんなイメージ通りの映画が多い。近年では「ミッドサマー」といった、明るくすべてが見えることが“売り”な映画も出てきているが、非日常を描いているものである。

しかし、本作で描いているのは“日常”に潜むホラーだ。

常に愛されるにはいまの自分では足りなくて、もっと頑張らなければならないと思わされることもホラーだし、受け入れられるためには自分の全てを見せられず、ある側面を隠すのも恐ろしいことだと思います。

すべてを完璧にコントロールしようとする母親と、それに答えようとする娘。本作の主題には、「母と娘の関係のいびつさ」がある。

そんな2人をとりまく不気味さは、ファンシーでフェミニンな世界観が巧く作り出している。多くの人が想像する“北欧らしさ”がふんだんで、目に楽しく漂う空虚さに不安が煽られる。

小道具の使い方にもこだわられており、特に私が刺さったのは「鏡」の使い方だ。一度観ただけなので確認作業が必要だが、ティンヤと母親の関係性をうまく表現していたと思う。

随所にちりばめらた王道のホラー演出に、余白のあるラスト。ラストシーンの解釈は、観客それぞれの経験が大きく反映される気もする。

“少女”の今を切り取った本作、観ておいて損はないだろう。

※2022/5公開。2022/7/18再編集。動画・画像はお借りしています。